1 バイデン政権の内外政策を理念的にも現実的にも否定する政治的なベクトルがワシントンを支配
内戦間際で激しく対立したバイデン=ハリスに対するトランプ圧勝で、来年以降の4年間、バイデン政権の内外政策を理念的にも現実的にも否定する政治的なベクトルがワシントンを支配することになる。一言でいえば、中国と対峙したバイデン流のイデオロギー政治が幕を下ろし、米国の現実により即した政治が始まるということである。
トランプ候補がその幕を上げたが、成功するかどうかは別問題である。それは原論的には、米国の資本主義が金融やIT産業に偏り、発達するだけ発達して矛盾が限界に達し、全面的な危機に直面していることを意味する。
コロナ対策の失敗で自滅したトランプ政権に代わって登場したバイデン大統領は内政ではコロナ収束、外交では中国封じ込めを柱とした。トランプ政権時代に開発されたワクチンでコロナは何とか収まり、事実上、「民主主義対権威主義(専制主義)」の戦いと位置付けた外交が新政権の軸となる。NATOをウクライナ、ロシアへと東方拡大し、中国の背後を脅かそうとしたが、ロシアのプーチン大統領の反発でウクライナ戦争が勃発した。待ってましたとばかりに対ロ経済制裁を発動するが、それが完全に裏目に出る。ロシアの石油・天然資源輸入を止めた対ロ経済制裁は逆にブーメランとなって米欧日経済を襲い、超インフレが社会を混乱させる(『ウクライナ戦争と日本有事』参照)。
CBS世論調査によると、今回の大統領選挙の最大の争点としてインフレを挙げる人が76%に達した。トランプは「4年前より暮らし向きがはるかに悪くなった。私はインフレを終わらせる」と訴えて有権者の心を掴んだのである。バイデン政権も無為無策であったわけではなく、インフレ抑制法による巨額の財政出動を行い、金利引き上げの金融政策も打ち出したが、元を断たない弥縫策でしかなかった。民主党系無所属で社会民主主義者のサンダース上院議員は11月6日、「労働者階級の人々を見捨ててきた民主党が労働者階級から見捨てられた」とする声明を発表したが、超インフレは富の極端な不平等や中産階級の没落、貧困化を促進し、結局、バイデン、ハリスは見捨てられた。
逆にトランプ候補は米国民のウクライナ疲れを巧みに突き、ウクライナ戦争を「バイデンの戦争」と非難し、「私が大統領になればウクライナ戦争は24時間で終わらせる」と繰り返した。ゼレンスキー政権への経済的軍事的支援を批判すると同時に、インフレ終息をアピールして有権者の心を掴んだのである。
同様の現象はバイデン政権に同調して対ロ経済制裁に積極的に参加した英仏独伊日などでも起こり、与党はいずれも政権の座を追われるか、支持率急落で苦しんでいる。
トランプ次期大統領はインフレ終息という最大公約を守るためにもウクライナ戦争を早期に終結させ、有害無益な対ロ経済制裁はジ・エンドとしなければならない。そこは有無相通ずる仲のプーチン大統領がトランプ当選を受けて「近々電話する」と述べた。それ以前にも両者が随時、電話連絡していたことが知られている。ロシアの独立系メディア「ビョルストカ」は11月6日、露大統領府に近い人物らの話として、プーチン露大統領を含む政権幹部らがトランプ前大統領に水面下で祝意を伝えたと報じており、大まかな筋書きがすでに話し合われている可能性がある。
ウクライナ軍が越境攻撃したクルスク州ではロシア軍が攻勢を強め、タス通信は11月4日、プーチン露大統領が「今こそクルスク州の敵を掃討するときだ」と述べたと伝えた。それを受けてプーチン最側近のショイグ安全保障会議書記は7日、旧ソ連諸国で構成する地域協力機構「独立国家共同体(CIS)」の安全保障当局者の会合で、「西側諸国はロシアが勝利している現実を受け入れた上で紛争の終結を交渉すべきだ」と述べ、「西側諸国はウクライナへの資金提供を続けて人口を崩壊させるのか、それとも現実を認識して交渉を開始するのかという選択に直面している」と注文を付けた。ゼレンスキー政権については「外部勢力に支配されたテロリスト」と見ているとも発言した。
強気のショイグ発言が自ら昨年7月に訪朝して金正恩総書記と交わした朝鮮による武器支援や派兵と関連していることは言うまでもなかろう。
2 対ロ経済制裁ブーメラン解消が最大の課題
上下院選まで共和党が多数派を占めたトランプの最大の勝因は、「インフレは私の時代にはなかった。ハリス=バイデンの責任だ」と訴えた声が有権者の胸に響いたということである。したがって、遅くとも次期下院選のある2年後まで、インフレ対策が最大の課題となる。前回も指摘したようにその直接の原因が対ロ経済制裁ブーメランである以上、ウクライナ戦争の和平、早期終結が新政権の最優先事項となるしかない。
バイデン大統領も逆の立場でそれを見据え、レッドラインを越えた。プーチンが戦術核兵器使用まで臭わせて警告していた地対地ミサイル「ATACMS」など米国製兵器によるロシア領攻撃をゼレンスキーに許可した、と11月17日 ロイターが「米政府当局者や関係者」の情報として明らかにしたのである。「方針転換は主に北朝鮮の派兵を受けた対応」とするが、ホワイトハウスと米国務省はコメントを控えた。非公式情報であり、それだけ微妙な問題を孕むということである。
米露正面衝突を招来しかねず、通例なら退任間際でレームダック化した政権のすべきことではないが、ロシア主導の和平だけは阻止したいとのバイデンの執念をうかがわせる。バイデンの誤算は対露経済制裁ブーメランであり、朝鮮軍参戦が致命傷となった。
土壇場の米製武器でウクライナ戦局が多少こじれることがあっても、朝鮮の武器供与、兵員派遣で決まった大勢は変わらないだろう。ロシア大統領府のペスコフ報道官は翌18日、「バイデン政権は退陣を前にウクライナ紛争をエスカレートさせている」と批判したが、ある程度織り込み済みであったと読める。そのコメントからはトランプ次期政権はバイデンとは異なると期待するニュアンスが濃く滲み出ている。
ウクライナの現状は太平洋戦争時の無条件降伏間際の日本と酷似しており、戦闘を無暗に長引かせるのは民間人被害を増やすだけである。即時停戦、和平がウクライナ国民にとって不幸中の幸いである。世界平和にとっても、それが正解である。
結果論ではない。すでに「ウクライナ戦争と日本有事」で指摘したように、キッシンジャーが生前、ウクライナ三分割の和平案を示し、同時期にそれと通じる和平案を習近平が提示した。プーチンも基本的に呼応する動きをしてきた。中国政府が朝鮮軍派遣について公の場で沈黙を保っているとして習近平が「不満を抱いている」と観測する声が米日政府筋から聞こえるが、願望の類でしかない。中国包囲網の旗印を掲げたバイデンのレームダック化で漁夫の利を得たのは誰か、自ずと明らかである。
バイデンと激しく対立したトランプ登場でウクライナ戦争は即時停戦、和平へと動き出す。国際政治は冷徹な力学であり、前コメディアンのゼレンスキーは最初から最後まで、NATOのウクライナへの拡大を策したバイデンの駒を演じることになる。「人生は舞台。喜劇であれ悲劇であれ、人はそれぞれの役割を演じる」(シェークスピア)。
国際政治経済力学の論理必然的に、来る新国際秩序のメインプレーヤーはトランプ、習近平、プーチン、金正恩、その他となる。
3 米朝国交正常化と核軍縮交渉
トランプ次期政権の人事の骨格が固まり、政策の方向性が見えてきた。ウクライナを舞台にしたバイデン、プーチン、習近平のパワーゲームは伏兵北朝鮮の参戦でバイデンの負けとなり、代わって登場したトランプは負からの出発となる。親ウクライナ姿勢で鳴らした人物までウクライナ疲れした世論の変化に転向して加わっており、ウクライナ停戦、和平への動きは加速化しよう。
トランプの最大の関心は安保に重点を置いたバイデンと異なり、巨額の貿易赤字の解消である。プーチン、金正恩との距離を極力縮め、最大のライバルである習近平からの経済的譲歩を極大化しようとするだろう。
米欧日には中国と露朝との不協和音を指摘する声がかまびすしいが、どれも木を見て森を見ない根拠薄弱な推測、願望の類でしかない。
前掲書で指摘したことであるが、中露朝にはソ連崩壊のトラウマを超えたニュームーブメント、すなわち社会主義再興の動きが認められる。中国を国家資本主義⇒資本主義化へと誘導しようとしたバイデンが最も恐れたシナリオであり、ウクライナへのNATO拡大工作→ウクライナ戦争の主要動機ともなった。ニューヨーク・タイムズ(NYT)が先週、バイデンが退任前にウクライナに核兵器を提供する可能性があると複数の西側当局者が示唆したと報じたが、反共価値観外交に偏ったバイデンの狂気じみた執念を示唆する。
何かと注目される中国の動きだが、習近平主席は大統領選に当選したトランプに祝電を送り、11月8日の人民日報が一面で、その一部内容を報じた。習近平は「中米が協力することで双方とも利益を得る一方、争えば双方が傷つくと歴史は示してきました。中米関係の安定的な発展が、両国の利益になる」と述べ、「争わずに仲良くしよう」と呼び掛けた。トランプの出方次第で硬軟両方を使い分けるというものである。
トランプ外交の成否は安保優先の経済戦争を挑んで自滅したバイデンの前轍を踏まず、体制の違いを認めたうえで実利中心の関係を構築できるか、そこにかかってこよう。それさえパスできれば中国としては対応範囲内であり、関税・貿易戦争は収拾範囲内のスリリングなゲームとなる。中国は世界の工場として主要製造業を握っており、金融中心の米国経済は比較的御しやすい。
ウクライナ戦争で主導権を握ったプーチンは強気であるが、宿敵のバイデンのレームダック化を見据えてのことである。英仏に米国の穴を埋める力はないし、米中に次ぐ世界第3位の経済大国のドイツのショルツ首相は大勢を見極め、ウクライナへのミサイル供与を拒否し、プーチンに電話した。
プーチンの戦略は、トランプが大統領に就任する来年1月までに朝鮮軍の力を借りてクルスク州からウクライナ軍を駆逐し、ドネツク州なども一挙に掌握して和平に応じるというものである。ウォール・ストリート・ジャーナルは11月6日、トランプの政権移行チームがウクライナ和平について、〈1〉現在の前線に沿って「非武装地帯」(DMZ)を設ける〈2〉ウクライナのNATO加盟を少なくとも20年間認めない代わりとして、米国は軍事支援を継続する案が検討されていると報じたが、ロシア対外情報局のナルイシキン局長が26日、モスクワでの第20回独立国家共同体(CIS)安全保障・情報機関会議後の記者会見で「ロシアは朝鮮半島式シナリオのようなウクライナ紛争凍結案は強く拒否する」と強気に牽制した。軍事境界線ではなく、より安定した国境線で分割するというもので、やはり既述の三分割案を想定しているようだ。金正恩が昨年末に提唱した「南北二つの国家」論の影響を感じさせる。
ロシア主導のウクライナ戦争終結は、ソ連崩壊後に米支援工作下で東欧が次々と親米欧化したカラー革命の終焉を意味する。ルーマニア、ジョージアなどで親ロシア候補が大統領に当選し、旧ソ連の中央アジアの中核であるカザフスタンが対ロ制裁反対に回っている。バイデン退場で米国の時代は終わりつつあるということだろう。
米朝関係が国交正常化、軍縮交渉へと進むのは時間の問題である。トランプ・金正恩会談に割り込んでブレーキをかけたボルトン元補佐官は「トランプがピョンヤンを訪問しても不思議ではない」と読売とのインタビューで警戒感を示したが、実際、ロイター通信(11月26日)が「トランプ大統領の側近の間でトランプ氏と金正恩総書記の直接会談が検討され、核・ミサイル問題で妥協点を求めようとしている」と報じた。トランプ本人は最終的な決定を下していないというが、電撃訪朝もあり得るだろう。「第3の候補」から撤退してトランプ陣営に加わったロバート・ケネディ・ジュニアがトランプが2019年に板門点から北朝鮮に数歩入国したことを「非常に良い直感を持っている」と称賛するなど政権内の雰囲気は確実に訪朝へと傾いている。
トランプは金正恩とすでに3回の会談を重ねて「親しい間だ」と公言するなど意気投合しており、課題も共有している。しち面倒くさいことは飛ばして、国交正常化と核軍縮交渉へと向かうだろう。非核化問題にこだわったポンペイオ元国務長官やボルトン補佐官らを再任しなかったことも示唆的である。第1次政権で米朝実務交渉を担ったウォン元国務次官補代理を国家安全保障担当の大統領筆頭副補佐官に任命したのは迅速に事を進める狙いと読める。
金正恩の国際的な影響力は当人が想像する以上に高まっている。NATOは11月8日、北朝鮮はロシア支援を「危険なほど拡大」させているとの加盟32カ国共同声明を出した。自動介入事項を含む同盟条約締結などロシアと北朝鮮の「軍事協力の深化」は「欧州・大西洋の安全保障に深刻な影響を及ぼし、インド太平洋地域にも影響を及ぼす」というもので、過大評価ではないかとも思えるが、NATOの偽らざる本音なのだろう。クルスク州ではウクライナ軍2万人の侵攻部隊が、1万余の北朝鮮精鋭部隊を含むロシア側の総勢少なくとも5万人規模の反撃部隊を押しとどめようと苦闘しているとウクライナ側が伝えるが、孤立無援の実情は厳しいものがある。
ウクライナ軍は最近ロシアのミサイル攻撃が急増し、その三分の一が北朝鮮製だとするが、金正恩はハムンの「2月11日工場」を訪ね、火星11A(KN23)、火星11B(KN24)の量産体制拡充を指示している。軍需が経済を潤し始めたことを如実に物語る。上昇気流に乗った金正恩がウクライナの停戦、和平協議に関与し、トランプ、プーチン、金正恩の三者会談もしくはそれと連動した個別会談が展開する局面もありうるだろう。
私の観たところ、金正恩はウクライナ特需を巧みに利用し、中国を倣った改革開放へと向かっている。祖父の金日成主席の誕生日である1912年を元年とする「主体(チュチェ)年号」を公式メディアから削除して西暦に合わせているのも国際化の一環である。
ウクライナ戦争はロシアの周辺国が米主導のNATOに無暗に接近すると、ウクライナの二の舞になりかねないとの教訓を遺している。中国のスタンスもそれに近い。石破首相の「アジア版NATO」構想は新状況下では、日本有事を自ら招く危険な試みと心得るべきであろう。それを杞憂などと考えるのはあまりに無責任で、能がない。
ロシア外務省のザハロワ報道官が27日、「米国が日本にミサイルを配備したらモスクワは報復措置を取るだろう」と警告した。また、日本が台湾周辺の情勢をエスカレートさせていると非難し、「ロシアは自国の防衛力強化のために必要かつ適切な措置を取らざるを得なくなると繰り返し警告してきた」と述べた。そのうえで、「ロシアが19日発表した核兵器使用に関するドクトリン(核抑止力の国家政策指針)の改定が意味するところを理解すべきだ」と強調した。
ことは具体的で、自衛隊と米軍が来月に計画している初の共同作戦計画を念頭にしている。同計画は鹿児島県から沖縄県に連なる南西諸島にミサイル部隊を配備する内容となっている。中露が昨年来、日本周辺で海空共同軍事演習を強化している事実が何を意味するか真剣に考えるべきであろう。
日本有事は総論から各論に入りつつあると読める。従米的な安倍軍拡路線の延長線上に日本の未来はない。
(河信基 2024年12月8日)
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