1北朝鮮からの条件付き招待状と岸田首相の決断
日朝首脳会談はいつ、いかにして実現するか?唐突に聞こえるかもしれないが、ウクライナ戦争が引き起こしている地政学的な地殻変動とともに日本外交の重要課題として急浮上している。
それをドラスティックに浮き上がらせたのが、朝鮮中央通信(2024年3月25日)が伝えた日本の岸田文雄首相への一風変わった招待状。「金正恩の代理人」ともっぱら日韓で評判の金与正・朝鮮労働党副部長が、岸田首相から首脳会談の申し入れがあったと明かす談話を発表したのである。兄の金正恩総書記は能登地震に際して「岸田文雄首相閣下」と丁重な見舞い文を送り日本側を感激させたが、今回は一転、上から目線で水面下の交渉を白日の下に晒し、「日本側は拉致問題を条件に出し、首脳会談実現を妨げている」と高飛車に注文を付けた。
林芳正官房長官が即日、「拉致問題を解決済みとする主張は全く受け入れられない」と反発したが、岸田首相は「北朝鮮との諸懸案を解決するには金正恩氏とのトップ会談が重要だ」と日朝首脳会談の重要性を強調しながら、申し出そのものは認めた。翌日、金与正副部長は「日本政府との交渉を拒否する」と交渉打ち切りを示唆した。「朝日会談は我々の関心事ではない」とし、岸田首相が首脳会談を申し入れてきたのは「史上最低水準の支持率回復の政治的目的から来るものであり、朝日関係が政略的な打算に利用されてはならない」と相手の足元を見透かすように断じた。一見して交渉打ち切り通告のようだが、正確には、交渉条件を提示したと解するべきであろう。金副部長の気の強さは韓国でもつとに知られているが、あながち虚勢とばかりは言い切れない。北朝鮮外交は建国以来、同盟国のソ連(現ロシア)、中国最優先であり、日本は米国と同列の位置づけであるが、微妙な変化が生じている。金与正談話が北朝鮮政府の意向を代弁していることは、チェ・ソニ外相が「北京の日本大使館から朝鮮大使館に首脳会談打診のメールが入った」と、岸田首相が言う「私直轄のルート」を明かして追認したことからも疑う余地がない。
打ち切り通告に対して林官房長官は翌27日の記者会見で「日朝間の懸案解決に向けた政府方針はこれまで説明している通りだ」と慎重に言葉を選び、拉致問題には一言も触れなかった。岸田首相も言葉を選ぶようになり、腹の内を見せない。永田町や霞が関界隈でおしゃべり雀がかまびすしくなるが、「金正恩と俺の二人だけで決める話だから。周りが何を言うかは関係ない」(「岸田文雄『禁断のオフメモ』」週刊文春5月2・9日特大号P18)と独善居士を決め込む。そして今年度の予算案が成立した3月28日、深夜の記者会見で金与正談話について質問され、「私直轄のルートで金正恩総書記との首脳会談の早期実現に努力する」と日朝首脳会談実現への変わらぬ姿勢をアピールした。拉致問題については一言も触れず、テレビに大写しされた表情に覚悟を滲ませた。首相就任依頼、機会あるごとに述べてきた日朝首脳会談実現にようやく確かな手ごたえを感じていた。低支持率を打開し政権浮揚を図る切り札と、訪朝のタイミングを模索しているのであろう。コロナパンデミックの中で退陣した安倍晋三元首相に後継の座を禅譲された菅義偉前首相を追い落とす離れ業で念願の首相の座を射止め、非凡な政治力を見せつけた。自民党を根底から揺さぶる裏金事件を逆手にとって安倍派解体やライバル削りに利用するしたたかさを見せる。9月の自民党総裁選、来年10月の衆院任期満了を見据え、日朝首脳会談で支持率挽回と政権浮揚を図り、「伝家の宝刀」とされる衆議院解散、とシナリオを描く。金正恩・与正兄妹も目を凝らしている。
蛇足だが、日朝のデジタルデバイド(情報格差)は隠しようもない。金正恩総書記がサムスンの折畳式スマホギャラクシーzフリップを使用している写真を朝鮮中央通信(2023年12月12日)が配信したことがあるが、妹とともにスマホで海外情報を随時チェックしていることは知る人ぞ知る。日本国内の政治状況についても手に取るように把握し、岸田首相を訪朝へと巧みに誘っているのである。対する日本側は自ら人的往来を遮断していることもあって北朝鮮の生の情報がほとんど入手できず、情報戦からして後手後手に回っている。ロシアの観光団が今年3月に北朝鮮を訪れたとのニュースに、縁海と呼ぶべき内海の対岸にありながら目を白黒させるのが日本の現住所である。
日本ではその点の認識がまだ不十分であるが、日朝の置かれた状況は米国の影響力低下から安倍、菅政権当時とは様変わりした。それを端的に物語るのが、長く北朝鮮制裁を主導してきた国連安全保障理事会北朝鮮制裁員会の活動休止である。日本も片棒を担がされてしまったが、深夜の岸田首相記者会見と同じ3月28日、ニューヨークの国連安保理で重要な採決があった。北朝鮮制裁委に制裁の履行状況を毎年報告してきた「専門家パネル」の任期延長を求める決議案がロシアの拒否権、中国の棄権で否決されたのである。同パネルは4月30日をもって活動停止となり、北朝鮮制裁委員会も監視機能を失って活動不全となる。皮肉な巡りあわせだが、北朝鮮制裁に積極的であった日本が持ち回りの3月の国連安保理議長国として「専門家パネル」に引導を渡す役割を担ったのである。
ウクライナ・ショックと言うべきであろう。一昨年2月のウクライナ戦争勃発以後、北朝鮮は固体燃料式のICBMをはじめ各種のミサイル実験を100回近く実施しているが、米国が求めた国連安保理非難決議は中国、ロシアの拒否権で再三否決され、最近では安保理召集すらなくなった。北朝鮮の核開発を非難する国連安保理の対北朝鮮制裁決議は2006年から繰り返され、朝鮮南北に米中ロ日が加わった6カ国協議がその一翼を担った。だが、北朝鮮の核開発は既成事実化され、米国の顔色を窺い制裁に参加してきた中ロがウクライナ戦争勃発後は明確に米国と一線を画している。米国によるテロ支援国家指定も私的制裁以上の意味を持たなくなった。
とりわけロシアはショイグ国防相が昨年7月にピョンヤンを訪問してから、北朝鮮との軍事・経済協力を強める。その2か月後、プーチン大統領が親しく金正恩総書記を極東のボストーチヌイ宇宙基地に迎えて会談し、「我々の関係は旧ソ連時代の1945年に日本軍国主義を打倒する中で築かれた」と伝統的な同盟関係に言及した。金総書記も「ウクライナでロシアが悪の集団を懲らしめ、偉大な勝利を収めると確信している」と応じ、「戦略的連携と連帯協力」を表明した。刮目すべきは、ラブロフ外相が「国連の北朝鮮制裁決議は西側の噓だった。我々も中国も騙された」と「専門家パネル」解体の意向を示していたことである。
天敵と目するバイデン大統領が予想だにしなかったことであるが、ロシアと北朝鮮の急接近はウクライナ戦線で劇的ともいえる変化をもたらす。1千キロ以上の戦線で砲弾を打ち合ってきたロシア、ウクライナ両軍ともに砲弾やミサイルが枯渇し動きが鈍くなっていたが、北朝鮮から砲弾、短距離ミサイルなどの供給を受けたロシア軍が攻勢に転じる。それを察知した米国家安全保障局のカービー戦略広報担当官が衛星写真の分析を基に「北朝鮮がコンテナ1千個分以上の弾薬など軍需品をロシアに提供した」(2023年10月13日)と非難し牽制したが、現在まで推定100万発から最大400万発の砲弾が北朝鮮から提供され、ロシア軍の攻勢を支えている。今年2月には両軍が死力を尽くして寸地を争っていたウクライナ東部ドネツク州の要衝アウディーイウをロシア軍が制圧するなどほぼ大勢は決まった。
日本のメディアは北朝鮮製の短距離弾道ミサイルは精度が低いとウクライナ側の情報をそのまま伝えるが、事実は小説よりも奇なりだ。北朝鮮は実験を重ねるごとにデーター収集のフィードバックで精度を上げ、その種類も固体燃料のICBMから米国もまだ実験中の極超音速ミサイル、超大型放射法(ロケット砲)、対空ミサイルと多様化している。北朝鮮には筆者も1980年代に訪れたことのある地下軍需工場が200近くあるが、ロシアの全面的な技術・資材協力を得ながらフル稼働しているのである。戦後日本復興の契機となった朝鮮戦争特需に似た現象が起きていると考えれば理解しやすい。
これもバイデン大統領にとっては大誤算であったが、米ロ対立で漁夫の利を得て存在感を確実に高めているのが中国の習近平主席である。直接の武器支援はしないが対ロ経済制裁にも加わらず、制裁で行き場を失ったロシア産天然ガス・原油をインドなどとともに大量に購入し、ロシアが望む半導体などを輸出している。バイデン大統領がいくら反対しようが、習近平主席にとってロシア支援は確固不動の戦略的な路線である。外交通と知られたバイデンとは副大統領、副主席時代から旧知の仲であり、米一極主義への強いこだわりは熟知している。それが使命感となって米史上最高齢の大統領となり、就任演説で「中国は米国の唯一の競争者」と決めつけて対中包囲網構築に動いた。アジアでは日本、韓国、台湾との連携を強め、欧州ではNATOをウクライナ、ひいてはロシアまで拡大し、中国を後方から揺さぶろうと画策した。習近平の観点からすれば、プーチン大統領の「特別軍事作戦」を否定する理由はない。
補足だが、バイデン大統領の中国に対する執拗な対抗心はトランプ前大統領のディール(取引)と明らかに異なり、黒人差別に通じる白人至上主義の影響を指摘する向きもある。おりしも同じアングロサクソン系の英国議会が不法入国者をアフリカ中部のルワンダに航空機で強制移送する法案を可決(4月22日)した。奴隷貿易を想起させる暴挙だが、独特の人種観抜きには説明が難しい。
米国主導の対露経済制裁がウクライナ戦争の帰趨を決める要因として作用していることは否定できないが、数字は正直である。IMF統計によると前年2023年のロシアの実質経済成長率は3・6%と回復した。対する西側はバイデン大統領が決め手と考えた対露経済制裁がブーメランとなって直撃され、燃料高の超インフレ→金利引き上げ→不況の悪循環に見舞われ、米国2・5%、英国0・15%、フランス0・87%、日本1・9%とどこもロシアよりも低くなった。目も当てられないのは西側の優等生であったドイツで、ロシアから供給される海底天然ガスパイプラインのノルドストリームをいきなり締めたため猛烈な燃料高に直撃され、-0・3%に沈んだ。インフレと不況が同時進行し、資本主義の癌とされるスタグフレーションが再発しているのであるが、対ロ経済制裁を続ける限り重篤化するしかない。
それでは中国の成長率は?と注目されるところだが、5・2%とコロナ禍の不況から脱出し、成長路線に乗りつつあるグローバルサウスを視野に内需から輸出へと経済成長の主軸を切り替える「一帯一路」政策にいよいよエンジンがかかり、日米で喧伝される不動産不況などどこ吹く風である。ウクライナ和平案を提唱している習近平主席が5月上旬にフランス、セルビア、ハンガリーを国賓訪問し、ウクライナ疲れの欧州に「健全で安定した新たなエネルギー」(仏大統領府)を吹き込む。因みに、IMF最新予測の2024年実質経済成長率はインド7%、インドネシア5%、中国4・8%、ロシア3・6%、ブラジル3%、米国2・8%、英国1・1%、日本0・3%、ドイツ0%となっている。
ウクライナ戦争は長引くほどユーラシア大陸の東西にわたる巨大な資源大国ロシアが地力を発揮し、中国に漁夫の利を与え、米国の国際的影響力を削ぎ落している。ウクライナ戦争勃発当初、バイデン大統領は「ロシアの侵略」、「国際法違反」と糾弾の先頭に立ってG7やNATO諸国を結束させることに成功したが、経済制裁でプーチン政権崩壊へと追い込む短期決戦のシナリオが狂い、にっちもさっちもいかなくなる。そこにガザ紛争が噴き出るとイスラエルのガザ侵攻を支援して国際社会の顰蹙を買い、ウクライナをはるかに上回る民間人被害が報じられるたびにダブルスタンダードと批判され、国内世論も分裂してウクライナへの追加支援法案が議会でストップした。国連安保理でパレスチナ自治政府の国連正式加盟を勧告する決議案が採択(4月18日)されたが、15ヵ国で米国だけが拒否権を行使し、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」を唱えていたのは偽りだったのかと日本を含むG7からも非難の声が上がった。
そうした矛盾を早くから見抜き、荒っぽい手法で暴き出したのがプーチン大統領と言えなくもない。ウクライナ侵攻の「特別軍事作戦」の大義名分にNATOへの加盟阻止を掲げたのは、ソ連時代のエリート集団である国家保安委員会(KGB)の中佐時代からソ連崩壊は米国の陰謀と疑い、NATO東方拡大に神経を尖らせていたからにほかならない。唐突に響いた主張も、バイデン政権がNATOをウクライナ支援の前面に押し出すほど真実味を増す。中国、北朝鮮などは現実的な根拠のある自衛的な予防措置と積極的に評価し、非同盟運動で旧ソ連に近かったインドなどグローバルサウスにも再評価の輪が広がっている。
ウクライナ戦争と米中の覇権争いが表裏の関係となり、世界中が不安定しているが、ハルマゲドンの大戦ではなく、いかに平和的な体制競争へと誘導、管理するか国際社会の英知が試されている。米国はもはや世界のリーダーではありえないが、最大の資本主義国としてその影響力は依然として大きい。中国はGDPで米国を抜こうとしているが、一人当GDPは発展途上の社会主義国レベルにとどまる。旧東西冷戦の再現ではなく、両国が国民の福祉向上と格差拡大解消を競う建設的な競争を行うなら全人類にとってむしろ望むところである。一方的な思い込みや独善的なイデオロギーから無暗に敵対するほど愚かで、危険なことはない。「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」と喝破したのは孫氏だが、その逆もまた真と知るべきである(詳細は拙書「ウクライナ戦争と日本有事 ビッグ3のパワーゲームの中で」参照)。
「ウクライナは明日の東アジア」とつぶやいた岸田首相の言葉通り、ウクライナ戦争の影響はジワジワと東アジアに及び、一方で中国、ロシア、北朝鮮、他方で日米の二項対立の危険な構図が醸し出されている。岸田首相の誤算は、「日本は米国とともにある」とバイデン政権にのめりこみ過ぎたことにある。米国を後ろ盾に敵基地攻撃能力(反撃力)保有を核とする防衛力増強に走ったが、日本は抑止のつもりでも肝心の相手、中国はそう考えない。日本の防衛族には衝撃的な事実であるが、ペロシ下院議長の訪台に抗議して台湾を軍事封鎖した「重要軍事演習」(2022年8月)以降、中国はもはや米国を恐れていない。過去最大の「重要軍事演習」では台湾周辺海域にミサイルが雨あられと降り、一部は与那国島近くの日本のEEZ(排他的経済水域)に落下した。その後も日本周辺で中ロ海空軍の合同演習が頻繁に行われ、自衛隊機のスクランブルが急増し、領有権を争う尖閣諸島(釣魚島)周辺では日本海保巡視船と中国海警局船が睨みあい、一触即発状況となっている。岸田政権の防衛力増強政策は日中軍拡競争に火を点け、今後の展開次第では台湾有事ならぬ日本有事が憂慮される。
戦後は遠くなりと多くの日本人が忘却しているが、国連憲章にはナチズムと日本軍国主義復活に対して常任理事国に自衛的な先制攻撃行使を容認する「敵国条項」(第53条、77条、107条)が厳然と明記されている。ウクライナ戦争はそれと無縁ではない。プーチン大統領はウクライナへの「特別軍事作戦」の名分の一つに、NATO東方拡大反対とともに「ネオナチズム排除」を挙げた。事実、親露政権がクーデターで倒された以後の親米欧のウクライナ政権にはウクライナ民族主義者とアゾフ連隊などネオナチが混在することは公然の秘密である。ヒットラーのナチスとの戦い、「大祖国戦争」で2千~3千万人の犠牲者を出したと記憶しているプーチンには到底、容認できない。同じ文脈で、中国は日本軍国主義復活批判を強めている。岸田首相は「日本は米国と民主主義の価値観を共有している」と交わすが、歴史認識問題で対立する中国は「嘘も方便」と反発し、和解は簡単ではない。東アジアで唯一の準同盟国と米国を仲立ちに日本と気脈を通じた韓国のユン・ソギョル大統領も総選挙(4月10日)で政権審判の俎上に載せられ、米中間バランス外交と対北融和政策を掲げる野党に大敗した。外交政策の見直しが必至となり、韓国は日本との準同盟関係解消へと向かうだろう。つまり、岸田首相は勝ち馬に乗るつもりでバイデン大統領の安保政策と軌を一にしたが、大局を見誤り、日本を東アジアの孤児にしつつあるのである。中ロと歴史認識を共有する北朝鮮が中ロ合同軍事演習に参加する事態となれば、日本にとっては最悪である。それを防ぐためにも北朝鮮との修好、国交樹立が求められる(前掲書「序章 日本有事をいかに避けるか」参照)。
その意味で、突然舞い込んできた北朝鮮からの条件付き招待状は、天の配剤と言っても過言ではない。いまようやく時代の表舞台に躍り出ようとしている日朝首脳会談であるが、その魁がかつて国民を沸かせた小泉純一郎首相の電撃訪朝(2002年)である。変人と評された小泉首相は内外の意表を突いて電撃訪朝し、金正日総書記との直談判で植民地支配時代の賠償・清算と日朝国交正常化交渉の開始を定めた日朝ピョンヤン宣言で合意した。だが、拉致問題や北朝鮮の核実験、日本政府の対北朝鮮制裁実施でどんどん脇道にずれてしまった。その仕切り直しとなるが、柳の下の二匹目のドジョウと安易な支持率回復のショーとはいかない。煮え湯を飲まされた相手側は教訓を汲んで強気に転じており、相当な覚悟と見返りが求められる。とはいえ、リチウム電池に不可欠と注目を浴びるコバルトなどレアメタルや鉄鉱石など隠れた資源大国北朝鮮との修好、経済交流は転換期の日本経済にとってもメリットが大きい。
岸田訪朝のタイムリミットは来年10月に任期が切れる衆議院議員選挙とされる。裏金事件を逆手にライバルを蹴落とすマキャベリストな手法で9月の自民党総裁選を乗り切ったとしても、総選挙で大敗し政権を失えば元も子もなくなる。訪朝のタイミングを慎重に見計らうことになるが、渡りに船は金正恩総書記の新外交戦略である。後述のように金総書記は韓国を「大韓民国」と正式国名で呼ぶ「2つの国家論」を提唱し、30年前に半分取り残された中ソ日米と朝鮮南北のクロス承認を見据えた新戦略を打ち出した。それをチャンスととらえ時宜を得たイニシアチブを発揮できるか、「リアルな政策提言と謙虚な姿勢は大事にしなければならない」と語る岸田首相の外交的センスと手腕がいよいよ試される。
おりしもバイデン政権が目敏く動き出している。「非核化への道における暫定措置を検討する」(ラップフーバー米国安全保障会議上級部長3月4日)と北朝鮮との「前提条件なしの対話」を呼び掛けたのが、底意を見抜かれ音沙汰なしである。「ウクライナ戦争はバイデンの戦争」と批判するトランプ前大統領との接戦が予想される11月の大統領選を控え、ウクライナでのこれ以上の失態は許されない。一日でも早く北朝鮮によるロシアへの砲弾、ミサイル供給を止めたいのがバイデン大統領の本音であろう。だが、金正恩総書記はそれをとうに見透かし、在韓米軍駐留費負担問題で撤退まで公言したトランプ前大統領との4回目の会談をも視野に入れて算盤を弾いている。岸田首相との会談も、その文脈でセッティングされていることであろう。
2「歓迎する」と岸田訪朝を評したバイデン大統領の狙い
信じがたいと首をかしげる向きも少なくなかろうが、先の日米首脳会談(4月10日)の重要議題の一つは日朝首脳会談であった。国賓待遇で岸田首相を迎えたバイデン大統領は下にも置かない厚遇で9時間余も行動を共にしたが、ホワイトハウスでの会談は1時間の予定を大幅に超えた。各社報道によると、分刻みのスケジュールを心配した補佐官がメモを大統領に再三渡したが会談は85分にわたった。前半30分はごく少人数に参加者が絞られ、北朝鮮に関する議論が交わされたことが記者たちの知るところとなった。会談後の共同記者会見で岸田首相が金正恩総書記との首脳会談に意欲を示しているがどう思うかと問われたバイデン大統領は、「歓迎する」と述べ、「私は日本と岸田首相を信頼している」と笑みを浮かべた。その詳細は伏されているが、岸田首相が来るべき金正恩総書記との会談でどこまで踏み込むべきか、どこまで妥協が可能かと擦り合わせたであろうことは容易に推理できる。バイデン政権にとってそれだけ北朝鮮は無視できない存在となっており、3年目に突入したウクライナ戦争の最大の誤算と言っても的外れではなかろう。
焦眉の問題は弾薬・武器の供給である。ウクライナ軍は命綱である米国からの追加支援が前年末からストップして弾薬枯渇に苦しみ、「米議会でウクライナ支援法案が否決されたらウクライナは2024年末には敗北し、プーチン大統領が提示する政治的解決条件に沿って動くことになろう」(バーンズCIA長官4月18日)とバイデン政権内部でも危機感が強まっている。「ウクライナはバイデンの戦争だ。欧州の紛争に関わるな」とするトランプ前大統領に同調し、下院多数派の野党共和党が追加支援に反対したのであるが、かろうじてバーンズCIA長官の異例の警告2日後の4月20日、約600億ドルの追加支援法案が可決された。ロシアが勝利すれば米国の安保上の国益が失われる、と危機感を募らせた共和党のジョンソン下院議長が賛成に転じ、反対派を懐柔して311対112で採決した。しかし、共和党議員は賛成101人に対し反対が112人とトランプに同調する孤立主義派が多数であることに変わりはなく、「最後のウクライナ支援」と目されている。
妥協を重ねた産物であった。米社会に影響力の大きいユダヤ系の動向は無視できず、イスラエル向け260億ドル、台湾向け80億ドルの支援と抱き合わせの総額950億ドルの法案パッケージとして処理された。また、ウクライナ支援の一部は有償の「融資」とするが、公的債務がGDP比で2024年に98.6%と膨れ上がったウクライナの財政事情を考慮し、対露制裁で米国が凍結しているロシア資産をウクライナ復興資金として活用することを承認する苦肉の策も含まれた。「ウクライナ戦争は自由と民主主義を守る戦い」とのバイデン節を額面通りに信じる者は米社会でも減少傾向に転じ、全米各大学で反戦運動が拡大している。バイデン政権によるウクライナ支援は米国の安保上の国益に適うかどうかが最重要な判断基準であり、その意味ではゼレンスキー政権は駒であり、戦争長期化はウクライナ国民にさらなる犠牲を強いることになる。
凍結ロシア資産を活用する苦肉の策は西欧に亀裂を広げるだろう。ウクライナ侵攻を巡り凍結した約3000億ドルのロシア資産について米国は没収・活用を主張していたが、フランスやドイツ、欧州中央銀行(ECB)が中国などの投資引き上げを誘発する恐れがあるとして反対し、利息活用にダウンした。米議会でウクライナ支援法案が可決された後も弁護士出身のショルツ・ドイツ首相は国際法違反と凍結資産転用に慎重な姿勢を崩さない。日本も「国際法に抵触しない形でやらなければならない」(鈴木俊一財務相)と慎重である。ロシアのペスコフ大統領報道官は「資産を接収すれば投資者の信用は失われ、欧米経済は終わりだ。信用回復には数十年かかるだろう。今の戦況を見れば結果は決まっている」(4月28日)と強気の姿勢を崩さない。
1000キロのウクライナ戦線で毎日数千、数万発撃ち合うだけに、弾薬不足はロシア軍も深刻であったが、救世主となったのが北朝鮮である。状況打開のために戦術核使用まで示唆したプーチン大統領は安堵し、反対にバイデン大統領は顔色を失った。ウクライナへの緊急支援はそのギャップを埋めようとするもので、サリバン大統領補佐官が「ロシアに供給されている北朝鮮ミサイルへの対抗措置だ。このタイミングが大切であり、ロシアと北朝鮮との連携を断ち切る」と内幕を明かしている。上院で可決された緊急支援法案に署名(4月24日)したバイデン大統領は「米国の世界でのリーダーシップを持続させる。数時間以内に発送し始める」と演説し、米国防総省はただちに10億ドルのウクライナ向け緊急軍事支援パッケージを発表した。そこには155ミリ砲弾とともに新たに射程300キロの地対地ミサイルATACMSが含まれる。これまでゼレンスキー大統領が口を酸っぱくして求めてきたが、欧州を巻き込む大戦に発展しかねないロシア領攻撃は御法度とされ、中距離ミサイルは見送られてきた。バイデン政権はウクライナの戦場への直接介入は避けながらの軍事支援を原則としてきた。それをあえて侵したのだが、サリバン大統領補佐官は「北朝鮮ミサイルへの対抗措置」と使用目的を限定することで暗にロシアに了解を求めた。
米露核超大国は正面衝突を避けながらのギリギリのパワーゲームを演じているが、それにしたたかに一枚嚙んできたのがウクライナでの砲弾の生産・補給力の数的優位を左右する北朝鮮である。歴代米政権は北朝鮮との関係を局地的な問題として対処してきたが、バイデン政権では世界の安全保障環境にかかわるグローバルな問題化し、政権の運命にも大きな影響を与える。
苦心の末のバイデン政権のウクライナ支援再開だが、155ミリ砲弾など援助の主要部分が現地に届くのは数か月かかり、ウクライナ軍が持ちこたえられるか余談は許さない。そもそも第2次大戦以来の激しい砲弾の撃ち合いで米軍自体の弾薬在庫が底をつき、米軍が所有する全米各地のレンガ造り工場まで改修して生産を急ぐが、需要に追い付かない。現代戦の盲点であるが、砲弾、大砲など旧来の「ローテク兵器」が戦況を左右する支える状況をバイデン政権は全く想定していなかったのだ。対する北朝鮮は1960年代の金日成政権時代からの経済と軍事の併進路線で全国に張り巡らせた「ローテク兵器」の一大生産網を維持しており、ロシアの要求に十二分に応えられる。
ウクライナ戦局は11月の大統領選の一大争点であり、バイデン大統領としてはこれ以上の外交的な失点は許されない。そもそも金正恩総書記と三回も会談し、朝米国交正常化直前までいったトランプ前大統領ならあり得なかった問題と、米有権者は鋭い目を向けている。バイデン大統領にとって日朝首脳会談は文字通り渡りに船である。岸田首相に金与正副部長からの条件付き招待状について詳しく尋ね、来る日朝首脳会談について具体的な注文を付けたことであろう。「日朝ピョンヤン宣言」という切り札を有する日本を使って、何とかロシア、中国と北朝鮮との間に楔を打ち込みたい。北朝鮮がロシアへの弾薬・兵器供給停止に応じれば国交正常化、といった交渉条件を協議したと考えられる。
核超大国同士は争わず、が第三次世界大戦を避ける暗黙のルールであり、米中も昨年11月の首脳会談で「衝突を防ぎ、対話による危機管理」で合意している。訪朝が叶わないブリンケン国務長官は訪中し、習主席との会談(4月26日)に臨んだ。「中国が軍事転用可能な部品をロシアに輸出している」と半導体や部品の対露輸出中止を求めたが、コの字型のテーブルの片方に王毅外相らと対面する形で米国務長官を座らせた議長席の習主席は、聞き置くといった風であった。米国の一方的な要求に応じる考えは、毛頭ない。「中米はライバルでなく、パートナーであるべきだ。小グループを作るべきでない」とバイデン政権が構築せんとする対中包囲網をやんわりと牽制した。虚勢を張っているわけではない。米国は公的債務残高が30兆ドルを突破した借金大国であり、年中行事のように議会が米政府閉鎖を回避するつなぎ予算審議でもめるが、中国は海外勢が保有する米国債保有高の1割超、8163億ドル(2023年12月現在)を有し、米国のアキレス腱を握っている。海外勢最大の1兆1380億ドルを有する日本のように米国の顔色をうかがうこともない。かつては日本より多かったが、徐々に減らしながら、米国を揺さぶる。一挙に手放したら米経済は立ち行かなくなり、中国も返り血を浴びるので自制しているだけである。
その経済力を痛感させられているのが中国を最大貿易国とする欧州であり、ウクライナ疲れの欧州首脳はEVなどの最大輸入超過国でもある中国に関心を向けざるを得ない。他方で、世界貿易機関(WTO)を無視して関税を操作し、中国を出汁にしてグローバルなサプライチェーンを自国に都合よく「デカップリング」「リカップリング」する米国への不満が高じている。3月にルッテ・オランダ首相、4月にショルツ・ドイツ首相と北京訪問が相次ぎ、シーメンスらドイツ財界トップを引き連れてきたドイツ首相は大型商談をまとめ、満面に喜色を浮かべた。それを受けて習主席は5月上旬、5年ぶりにフランス、ハンガリー、セルビアへの国賓訪問へと出発し、習主席独自の巨大経済圏構想「一帯一路」と連動した新たな経済協力をてこに焦眉のウクライナ和平でも新たなイニシアチブを発揮する予定だ。プーチン大統領が5月訪中の意向を明らかにしており、欧州訪問の成果を踏まえてウクライナ和平の具体的なガイドラインを提示することになろう。
習主席に格の違いを見せつけられたブリンケン国務長官は、王毅外相との会談では北朝鮮の対ロシア武器輸出に関する動かぬ証拠を示し、「国連制裁決議違反」と北朝鮮に圧力を行使するように迫った。最後っ屁ではないが、4月いっぱいで活動停止→廃止が決まった国連安保理「専門家パネル」が最後の報告書をまとめ、非公表原則を破ってマスコミに流した。日米韓のパネルメンバー3人が4月に急遽ウクライナ入りして確認したものとされ、「1月2日にウクライナのハルキウ州を攻撃したミサイルは北朝鮮製と確認された」とロイター、朝日、読売などが報じた。だが、王毅外相は偏った報告書と歯牙にもかけなかった。中国は「専門家パネル」任期延長案に拒否権行使のロシアと阿吽の呼吸で棄権票を投じていた。
岸田首相が訪れた3日後、習主席はパリに降り立つ。仏紙フィガロ紙への寄稿論文(5月5日発表)で「君子は和して流れず。中立にして偏らず」と孔子の言葉を引用してバイデン大統領を暗に批判し、昨年2月に提示した12項目のウクライナ和平案やパレスチナの和平協議への積極姿勢を披歴した。その翌日、マクロン大統領、フォンデアライアンEU委員長との3者会談に臨み、西側諸国と異なる独自の発展モデルとする「中国式現代化」への理解を求め、「欧州を重要なパートナーとしている」と貿易均衡に努める姿勢を示した。中国の補助金制度などを挙げて対中強硬発言を繰り返してきたフォンデアライエン委員長は一転、にこやかに「EUと中国は平和と安全保障において共通の利益を持っている」と応じた。マクロン大統領も「(欧州の)将来は中国との関係をバランスのとれた形で発展させる我々の能力にかかっている」と賛同し、ウクライナなどでの中国との連携は「絶対に重大だ」と声を強めた。注目すべきは、習・マクロン二者会談でパリ五輪(7月26日~8月11日)休戦を世界に呼び掛けることで一致したことである。ウクライナとパレスチナを対象とすることは二言するまでもなく、和平への大きな転換点になる可能性を否定できない。
東アジア情勢に無視できない影響を及ぼしつつあるが、中露朝関係はバイデン政権が揺さぶるほど強固になっている。ブリンケン訪中2週間前の4月13日、国交樹立75周年を記念して訪朝した中国共産党序列3位の趙楽際全国人民代表大会常務委員長と金正恩総書記が会談し、「両国関係は新しく、より高い段階へと発展している」と述べ、習主席の年内訪朝を歓迎する。
過去にはソ連崩壊にともなう混乱で両国関係が険悪化する時期もあったが、金総書記がトランプ大統領との3度の首脳会談(2018年~19年)を進める際に中国に支援を求め、関係修復へと向かった。2021年の朝鮮戦争休戦記念日に祝電を交換し、「血で結ばれた朝中友好」(金総書記)、「血で結んだ戦闘的友好」(習主席)とエールを交換した。社会主義体制を「専制主義」「権威主義」と口撃するバイデン政権が内政干渉と反発を受け、朝中の距離を原点回帰へ縮めているのである。習主席は重要講話で「不忘初心」を説き、中華人民共和国建国の祖である毛沢東に回帰し、「毛主席ならどうするであろうか」と垂範率先するが、金総書記も先代の「先軍政治」から先々代の祖父で朝鮮民主主義人民共和国建国の祖である金日成時代の先党政治回帰に拍車をかける。共通の大義は習主席が掲げる「社会主義現代強国」である。筆者も参観したことがあるクレムリン宮殿前のレーニン廟を旧ソ連時代そのまま厳粛に保存し、「ソ連共産党党員証は今も持っている」と述べるプーチン大統領にも原点回帰の志向性が認められる。文明論的な観点から見ても、陸続きの中ロ朝の結束は広い太平洋で隔てられる日米関係より強固である。
おりしもバイデン大統領がアジア系移民を集めた選挙資金集めイベント(5月1日)で「中国、日本、ロシア、インドはゼノフォビア(外国人嫌悪)があり、移民を受け入れたがらない。だから問題を抱えている」と演説したが、いかにもアングロサクソン的な見下した発言である。日本政府は抗議し、林官房長官は「正確な理解に基づかず残念」と記者会見で述べたが、岸田首相が言うほど日米の信頼関係は厚くない。
ゼノフォビア発言が飛び出してくるとは夢にも思っていない岸田首相は国賓待遇の訪米を終えた高揚感を隠せない面持ちで衆院本会議場(4月18日)に臨み、その成果を報告した。「世界が歴史的にも大きな転換点を迎える中、日米がグローバルなパートナーとなっていると確認した」と述べ、「日米同盟始まって以来」と米軍と自衛隊の相互運用性強化を自賛した。ほんの一週間前の米国議会ではスタンディングオーベーションに気を良くし、「日本の国会ではこれほどすてきな拍手を受けることはない」と軽口を飛ばして笑いを取ったが、日本の現実は厳しい。拍手はまばらで、野党席から「拍手されない理由は多くの問題に真摯に向き合わない自身にある。出す、出すと言っていた裏金問題に関する自民党の政治改革案(政治資金規正法改正案)は一体いつ出すのか」(立憲民主党の源馬謙太郎議員)と質され、「可能な限り早期に」とぬらりくらり交わす従前の答弁を繰り返すと、「なめてんのか!」と怒号を浴びせられた。国会審議も得ない閣議決定でなし崩し的に進める安保政策への反発も強く、「日米の防衛連携は自衛隊の指揮権を米国に渡したのと同義だ。平和憲法を逸脱し、米軍の指揮統制の下で参戦する道を開くことになる」(共産党の志位和夫議員)と、極端な親米姿勢の危うさを批判された。
岸田首相が期待した内閣支持率アップはどの報道機関の世論調査でも数%の微増にとどまった。「日米同盟始まって以来」と「米軍と自衛隊の相互運用性強化」やNATOとの連携強化を強調するほど、多くの国民の目にはウクライナのゼレンスキー大統領やイスラエルのネタニヤフ首相と重なって映り、「第二のウクライナ」の悪夢にうなされる。トランプ再選となれば梯子を外されかねないと自民党内でさえバイデン一辺倒を危惧する声が高まり、“もしトラ”に備えて麻生太郎副総理がニューヨークのトランプタワーを訪れ、トランプ前大統領と会談した(4月24日)。会談内容は不明だが、バイデン陣営から「二股」と非難され、さながら仁義なき劇画の世界である。
事実上の政権審判の場となったのが、3衆院補選(4月28日投開票)である。東京15区、長崎1区では候補すら立てられず、保守王国の看板を背負った島根1区にかろうじて自民党候補を立て自ら応援に駆け付けるが、立憲民主党候補に惨敗を喫した。筆者も江東区の東京15区を選挙日初日、最終日に見て回ったが、市井の自民党への不信、怒りは想像以上であり、総選挙での与党惨敗もありうると実感した。岸田首相は9月の自民党総裁選前の解散総選挙のタイミングを測っていたが、「天下の宝刀」は事実上、封じられたに等しい。
我が道を行く岸田首相は「日本を取り巻く安保環境はいつにもまして厳しくなっている。憲法改正が先送りできない重要な課題となっている」と改憲を政権のレガシーにしようとする。だが、足元の国論は揺れる一方で、再軍備を禁じる9条改憲論にブレーキがかかり始めている。憲法記念日を前に実施された朝日新聞世論調査(5月3日発表)では憲法改正の是非は「変えない方がよい」61%(前年55%)、「変える方がよい」32%(前年37%)であった。同時期の共同通信世論調査でも「改憲論議急ぐ必要ない」65%と出ている。
安倍首相(当時)は「集団的自衛権」を閣議決定し、米国と同一の価値観を強調しながら軍国主義批判を源泉的に封じようとした。それはある程度奏功し、ジワジワと護憲への諦念ムードが漂い、改憲へとギアチェンジする風潮が醸された。岸田首相もそれに便乗した口であるが、所詮は人の褌で相撲を取るに等しい。政権交代を求める世論が自公政権継続を上回りはじめているのは偶然ではない。“台風は来るなというようなもの”と改憲論者は憲法9条を野卑するが、温暖化問題と同様に、一度起きてしまった台風は制御できない。台風を起こさないことが肝要であり、それが人間の知恵というものである。
外交に政権浮揚の一縷の望みをかける岸田首相はフランスに続いてグローバルサウスの有力国であるブラジルに飛んだ。サンパウロ大学での講演(5月4日)で「中国を念頭」に「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の確保」を訴えたが、日系人の儀礼的な拍手しか返ってこなかった。BRICSの一角で、親中派と自他ともに認めるルーラ大統領は経済協力以上の関心は全く示さなかった。そもそも岸田首相が強調する「国際秩序」は米国中心の既存の国際秩序であり、中国、北朝鮮には既得権益維持の独善的な蠢動としか映らない。そうした認識はイスラエル軍のガザ侵攻後、グローバルサウスで急速に拡散し、多数の子供へのジェノサイドを引き起こしているイスラエルのネタニヤフ政権を軍事支援するバイデン政権にダブルスタンダードと批判の声が沸き上がっている。
岸田首相に政権浮揚の逆転策が残っているとしたら、やはり電撃訪朝であろう。歴史の巡り合わせとはいえ、微妙な時期に北朝鮮から変則ラブコールを送られるのは、世界広しといえども日本しかいない。バイデン大統領からロシアと北朝鮮との間に楔を打ち込むミッションを託されたとしても、日米の国益は自ずと異なる。日本の実情を踏まえて主体的に判断し、バランスよく対応できるか、それが問われている。パリ五輪の期間に訪朝が実現すれば、平和の祭典に彩を添えることになろう。
来るべき日朝首脳会談には目先の打算を超えた歴史的な課題がある。30余年の時空を超えて歴史の表舞台に現れようとしている朝鮮南北クロス承認論であり、それが日本に条件付き招待状を届けた時代の風である。
すなわち、冷戦時代に朝鮮南北は東西二大陣営の最前線の一つの分断国家として鋭く対立したが、韓国の民主化で転機が訪れ、盧泰愚大統領は1988年に発表した7・7宣言でソ連、中国が韓国と、米国、日本が北朝鮮と外交関係を結ぶクロス承認を骨子とする北方政策を提示した。それが冷戦終了(1989年)とともに動き出し、ソ連が韓国を承認(1990年9月)、中国も2年後に続いた。米国、日本の北朝鮮承認が続くはずであったが、統一を国是とした北朝鮮の金日成主席が南北分断の固定化に繋がるとして反対する。かろうじて1991年12月のソ連崩壊直後の南北首脳会談で南北は将来の統一を目指して平和共存する合意書にサインし、国連に同時加盟した。その後、米一極化が進むとともに北朝鮮は韓国に米軍基地を置く米国と鋭く対立し、「自衛力」として核開発へと向かう。
そうした中、小泉首相が電撃訪朝(2002年)し、「日朝ピョンヤン宣言」をまとめたことでクロス承認は遅ればせながら半歩前進したが、世界の警察となった米国の横やりでストップした。その歪みがウクライナ戦争を引き起こし、世界を二分する新冷戦を生み出す要因の一つとなったと言えよう。
しかし、捨てる神あらば拾う神ありで、東西冷戦終了で置き去りにされた未完成のクロス承認案が新冷戦の裂け目から表舞台に浮上する。さる2月15日、金与正党副部長が談話で岸田首相の訪朝を呼び掛けた。「個人的な見解」とことわったが、兄の金総書記の了解を得たものであることは言うまでもない。「北朝鮮との間の諸懸案解決のために引き続き努力を続けていきたい」とする岸田首相の返事が条件付き招待状へと発展した。要するに、国際情勢の多極化の流れ、時宜を得た岸田政権のアプローチ、先々代、先代らの統一政策を止揚した金正恩総書記の「二つの国家論」という3要素がシンクロした結果と言えよう。それを生かして日朝国交樹立につなげ、さらに朝米国交樹立へとクロス承認案が本来の形で完成すれば、東西冷戦終了後の歪が大きく修正され、新冷戦を軍事的な対立から平和的な体制競争へと向かわせる巨大なベクトルとなりうる。地の利、共有する歴史的文化的なつながりを生かし、二つの陣営間の平和的な体制競争へと新思考のイニシアチブを発揮できるか、日本外交の正念場となる。
日本にとって経済的なメリットも巨大なものがある。北朝鮮は国土そのものはそれほど広くないが、リチウムイオン電池に欠かせないコバルトをはじめとするレアメタルや鉄鉱石などが山岳地帯に豊富に眠る資源大国であり、日本最初の製鉄所である八幡製鉄(新日本製鐵)は北朝鮮北東部の茂山鉱山から鉄鉱石を運び出したことは知る人ぞ知る。日本は今、歴史的な円安に揺れ、GDPはドイツに抜かれて3位、さらなる下降線を描く。輸送費高騰などで食糧や鉱物資源確保にも困難が生じている。おりしも経団連が「サプライチェーンの強靭化に向けた連携をグローバルサウスの国に広げていく必要がある」との提言(4月16日)を公表し、「官民連携のオファー型協力」を強調した。それを受けて岸田首相は世界5位の農産物輸出大国であり、鉱物資源も豊富なブラジルを訪れたが、海を隔てた遠い国に高い輸送コストを負担してわざわざ求めなくとも、それは日本海(東海)のすぐ対岸にある。
そよとだが、追い風も吹きはじめた。人口減少、地方衰退に直面する新潟、富山、島根などの裏日本で、対岸の朝鮮半島、中国、ロシアとの交易拠点として蘇る「日本海イノベーション」の声が起きている。流人の孤島が点在するただっぴろい太平洋沿岸が明治維新以降に表日本とされ、裏日本に落とされたが、出雲大社をはじめ古来から漢字、仏教、儒教、建築技術、陶磁器などの先進文化が流入する最先端地域として繁栄した。日本版ルネサンスが始まるか、文明論的にも注目される。
3 日米を揺さぶる金正恩の「二つの国家」戦略
それは文字通り、青天の霹靂であった。金正恩総書記は昨年暮れの朝鮮労働党中央委員会第8期第9次全員会議拡大会議(2023年12月26~30日)で「綱領的な結論」とされる「2024年度当双方向について」で、「同族というのは修辞的表現に過ぎない」として韓国との関係再定立を図り、「南朝鮮というのは米国に依存する植民地属国に過ぎず、北南関係はこれ以上、同族関係、同質関係ではありえず、敵対的な二つの国家関係、二つの交戦国関係に完全に固着した。それが北南関係の現住所である」と宣言した。金日成時代からの古参幹部たちは驚天動地の思いであったろう。
朝鮮は日本の36年の植民地体制から独立後に南北に分裂し、米占領軍の支持を受けた李承晩大統領が南朝鮮単独選挙を経て大韓民国建国(1948年8月)を一方的に発表すると、対抗して金日成首相が朝鮮民主主義人民共和国建国(同年9月)を宣言した。爾来、統一の主導権を巡って対立し、朝鮮戦争(1950年~53年)まで引き起こして休戦状態となり、今日まで南北軍事境界線(38度線)を挟んで睨みあってきた。金総書記はそうした現状を「交戦中の2つの国家」と定立したのである。「『吸収統一』『体制統一』を国策とする大韓民国とはいつまでたっても統一できない」と、禁句とされた「大韓民国」との国名を再三挙げた。 互いに「米国の傀儡」「ソ連の傀儡」と誹謗しあい、敵愾心を募らせてきただけに驚かない方が不思議とも言える。
前段の「交戦中の」に注目するか、後段の「2つの国家」に注目するかで、反応は大きく変わる。韓国のユン・ソギョル大統領は前段の修辞に短絡的に反応し、「半民族的、挑発的」と対決姿勢を強め、臨戦態勢を命令しようとしたが、シン・ウォンシク国防部長官が「行き過ぎた誇張」でしかないと引き止めた。「戦争を準備しているのなら、数百万発の砲弾やミサイルをロシアに輸出するだろうか」と冷静な対応を呼びかけたのは、さすが現場経験豊富な元軍将官と言うべきである。ユン大統領は前年の「ワシントン宣言」(4月)で米国の核の傘に依存する米韓の「核拡大抑止」でバイデン大統領と合意し、北朝鮮への対決姿勢を強めていた矢先であった。
同じ文絡で米日も過剰に反応した。米政権の対北朝鮮策に影響力を有する北朝鮮問題の「権威」と米メディアが伝えるカーリン・ミドルベリー国際問題研究所研究員は「朝鮮半島の状況は1950年6月以来、最も危険だ」(38ノース)と「宣戦布告」に例え、警戒を呼び掛けた。ユン政権誕生以来、朝鮮半島周辺で原子力空母や潜水艦を動員した合同軍事演習を繰り返し、北朝鮮に圧力を加えてきた米国としては一方向しか視野に入らず、「想定内」となるのであろう。日本でも「平和統一を断念し、核武力統一を企んでいる」との極論が飛び交った。そもそも「交戦中」「敵対的」といったレトリックは目新しいものではなく、金総書記の過去の演説でもしばしば見られた使い古された修辞でしかない。
固定観念や集団認知バイアスに陥ると見えにくいが、刮目すべきは「二つの国家」という被修飾語である。禁句とされた「大韓民国」をあえて使用したことには北朝鮮と韓国を別の国家と認識する政策的な意図が込められており、画期的とも言える。朝鮮半島の唯一の正統国家と自認する北朝鮮の国家理念、原則を破棄し、米国の傀儡国家と蔑んできた 韓国を正規の国家と認めたのが「二つの国家」である。報告で金総書記は「大韓民国」と正式国号で繰り返し言及し、朝鮮民主主義人民共和国とは別の国家との認識を公的に表明した。史上初のことに古参幹部たちの同意を得るには相当に苦労したことであろうが、朝鮮中央通信の報道を見る限り、「熱烈な拍手」で受け入れられた。実は、昨年7月に「代理人」の金与正副部長が米空軍の偵察行動を非難する二つの談話で「《大韓民国》の合同参謀本部」「《大韓民国》軍部」と呼んで地均ししていた。
「大韓民国」と確固なしの正式呼称にしたのが金正恩イニシアチブにほかならない。それが気まぐれでも一過性のものでもないことは朝鮮国歌の「三千里錦繍江山」の「三千里」が「この世に」と変えられた事からも分かる。「三千里」は白頭山から済州島までを指すが、現実的に南北を分ける38度線=軍事境界線までと改定されたのである。国家地図も軍事境界線までに書き換えられた。北朝鮮の長い友好国であるキューバが今年2月に韓国と国交樹立をしたが、一部マスコミが喧伝する「外交的孤立」ではなく、金総書記の「2つの国家」を踏まえたものにほかならない。
「2つの国家」という金正恩イニシアチブの狙いは、軍事境界線安定化と経済再建にある。第一に、国境の安定化、すなわち南との軍事境界線を国境線化することにある。韓国が朝鮮民主主義人民共和国と正式に呼び返し、軍事境界線を国境線とすることに同意すれば済むことである。金総書記は上記「結論」で「膨大な武力が対峙する軍事境界線地域では些細な偶然的要因で戦争へと発展する」と半世紀以上も続いた戦争状態を止揚し、終止符を打つために「北南関係と統一政策に対する立場を新たに定立する切迫した要求がある」とした。南北間の緊張の要因であった分断に終止符を打てば、緊張緩和に繋げられるとの現実的、合理的な判断と言える。
北朝鮮の核開発を警戒する米日にも一定の配慮をしている。北朝鮮は闇雲に核開発に突っ走っているわけではなく、従来から朝鮮休戦協定を平和条約に変えることを度々主張し、38度線が安定すれば核も必要なくなるとの論陣を張っていた。ところが、米日は北朝鮮非核化が先であるとして耳を貸さず、卵が先か鶏が先かの迷路に迷い込んでしまった。朝鮮を韓国と別の主権国家と認定すれば国交正常化は容易くなり、迷路から抜け出すことは難しくはない。対米関係が安定すれば核開発の必要性も源泉的になくなるのである。
第二に、懸案の経済再建に欠かせない好環境を作り出すことにある。北経済再建にかける金総書記の覚悟は並々ならぬものがある。国連は2015年に「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択し、加盟国に「持続可能な開発目標(SDGs)」に関する報告書(VNR)作成を求めたが、金政権は2021年6月に朴正根副首相(国家計画委員長)の名で提出した。2019年のGDPが335億400億ドルと示されたが、人口は2544万8350人であり、一人当たりGDPは1316ドル、世界177位のキルギスの次、178位のザンビアの間となる。住民生活や農業の窮状も率直に明かしたうえで、北VNRは「制裁、封鎖などがSDGs達成に悪影響を及ぼす」として解除を求めた。それは金総書記の本音であったろう。
北朝鮮経済の絶頂期は1974年で、金日成主席は「一人当たりGDPが1000ドルとなり、先進国の入り口に立った」と党大会で報告した。韓国の二倍であり、タンザニアなどアフリカ諸国に経済支援していた時期である。だが、それを境に経済は長期停滞時期に入り、次第に経済統計も隠すようになる。朴正煕大統領の開発独裁的な国家発展戦略で「漢江の奇跡」を興こした韓国に追い付かれ、追い越されたからである。2019年の一人当GDPが1316ドルというのは、1974年からほとんど成長していないことを物語る。現在では一人当GDPは韓国の30分の1,GDPは60分の1でしかない。
屈辱的で危機的な数字ではあるが、金総書記は現実を前向きに受け止める。経済再建へと面舵を切るのであるが、ウクライナ特需が追い風となった。韓国統計庁「2023北韓主要経済指標」などによると、北の成長率は2019年0・4%といくらか持ち直しつつあったが、コロナで国境を封鎖した2020年にマイナス4・5%と落ち込む。新経済計画「国家経済発展5か年計画」初年の2021年もマイナス0・1%、22年マイナス0・2%とやや持ち直し、ウクライナ特需が本格化した昨年2023年には4%台へと飛躍し、なんと韓国、日本の1%台を凌駕した。手応えを感じた金総書記は全員会議の報告「2023年度党及び国家政策執行状況総括について」で「穀物103%」「有色金属131%」「鉄道貨物輸送量106%」「住宅建設109%」と具体的な数値で成果を誇示し、「12の主要目標をすべて超過達成し、2020年に比べ国内総生産額は1・4倍となった」と力強く結んだ。韓国側統計との誤差はあるものの、北経済が大きく上向いていることは間違いない。ウクライナ特需は旧ソ連圏のジョージアなどでも起きているが、もともと工業基盤のある北朝鮮経済はそれを上回る結果を残している。金総書記はプーチン大統領の「特別軍事作戦」に米国の覇権主義に反対する積極的な意義を見出していたが、想定を上回る経済波及効果に小躍りしたに違いない。「二つの国家」論はその成果を踏まえたものであり、経済の長期停滞に頭を痛めていた古参幹部たちも納得せざるを得ない。
無論、統一を諦めてはいない。日韓では「政権維持のためには韓国と断絶し、南北統一に背を向けた」との指摘がかなり流れているが、木を見て森を見ない俗論である。金総書記は反統一的な言辞は一切しておらず、逆に新たな統一構想を秘めていると俯瞰できる。一定の時間をかけて経済を再建して南北の経済的な格差を解消し、平和的な相互交流を深めながら、いずれ祖父の金日成が1948年に呼び掛けた南北統一選挙による統一である。
旧東西ドイツ型の統一論と言ってよかろう。第二次世界大戦後、朝鮮、ドイツ、ベトナムが分断国家となり、ベトナムが武力統一を成し遂げた。北朝鮮も基本的にはその方式を目指していたが、失敗した。急げば回れではないが、相互承認して平和統一した旧東西ドイツが範となるしかない。決して唐突ではなく、国際的な影響は少なくないだろう。ウクライナでは国境を画定しないで休戦協定を結ぶ朝鮮戦争型が来る和平協議で参考にされる可能性があり、中東ではイスラエルとパレスチナが共存する「2つの国家」論が改めて議論の俎上に乗っている。いずれに対しても金正恩の「2つの国家」論は少なからぬ影響を与えるだろう。
時代の潮流を反映した金正恩の「2つの国家」論は、彼ならではの経歴、経験、感性なくしては考えられない。大阪鶴橋生まれの帰国在日朝鮮人の母の下で育ち、資本主義国であるスイスで中等教育を受け、スマホを愛用する今年40歳の青年指導者の思考方式はおのずと先々代、先代と異なるものがある。幼少期に母が口ずさんでいた日本の童謡「赤とんぼ」を懐かしく記憶している隠れ知日派でもある。~散っても可憐な澄麗かな~。
日米同盟に依存する日本の安保構造が根本的に揺らいでいる。10年後にも東アジアに米軍が駐留する保証はない。米軍に多くを依存する安保体制は二階に上って梯子を外される事態になりかねないことを念頭に置く時期に来ていることは間違いない。沖縄県民の悲願である普天間飛行場の返還問題一つとっても、米兵による少女暴行事件(1996年)から始まった移転問題がいつのまにか12年後に完成予定とされる辺野古基地への移転問題にすり替えられてしまい、台湾有事と結びついて事態は一段と不透明になっている。岸田政権は「敵(中国)が我々の大陸に到達する前に脅威を打ち砕く」とする「バイデン政権国家安全保障戦略」に従って、「中国を念頭」にした「敵基地攻撃能力(反撃能力)」保有を中核とした防衛力増強計画を発進させたが、米軍がいなくなればもろに矢面に立たされかねない。
だが、原理原則的に振り返れば、米軍撤退は悪いとは言えない。日本はサンフランシスコ講和条約(1952年発効)で敗戦国から主権国家への第一歩を歩みだしたが、それから半世紀、世界最多の米軍基地が沖縄を中心にそのまま維持され、いまだに同じ敗戦国のドイツにもない不平等な日米地位協定につて改定の声一つ聞こえない。「日本は防衛でも経済でも本当に主権国家と言えるのか」(石破茂元自民党幹事長)との声が挙がるのは至極真っ当なことである。
その矛盾を解決へと向かわせる鍵が対朝鮮外交である。日本の軍拡的な安保政策は現代版空襲警報であるjアラームとともに始まっている。こじれた遠因である朝鮮との関係から解きほぐしていくのが論理的な道筋であろう。岸田文雄首相は先の施政演説でも「訪朝し、無条件で金正恩委員長と会談する用意がある」と繰り返したが、有言実行あるのみである。
4 石破新政権は待ったなし
ウクライナ情勢が自動介入条項を明記した朝露の「包括的戦略パートナーシップ条約」締結を名分にした朝鮮の対露弾薬・ミサイル支援や派兵でロシア優位へと大きく傾く中、ゼレンスキー政権支援の中心であったバイデン大統領が窮地に追い込まれる。再選を目指したバイデン大統領が7月に不出馬の意向を表明してハリス副大統領に民主党候補の座を譲り、対抗馬のトランプ前大統領がバイデン政権のウクライナ支援策を「私ならウクライナ戦争は起きなかった。激しいインフレも私の任期中にはなかった。大統領になれば24時間で終わらせる」と非難の声を一段と高め、11月5日の投開票で圧勝したのである。
さらにバイデン大統領の後を追うように10月14日、岸田首相が辞任を突然表明した。原因は複合的だが、国際的な要因はウクライナ・ドミノである。対ロ経済制裁ブーメランでウクライナ支援の米欧日G7はインフレ、金利上昇、不況に襲われて民心が離れ、バイデンと共にウクライナ支援の急先鋒であったジョンソン英首相が政権を追われ、フランス、ドイツでも政権与党が支持率急落で政変の渦が巻き起こり、ついにバイデン大統領に続いて岸田首相も去った。裏金問題で支持率が急降下し来たる総選挙に赤信号が点滅し始めた矢先であるが、辞任の引き金となったのが対朝鮮外交の頓挫とみられる。外交で劣勢挽回を図り中央アジア、モンゴル外遊を予定したが、突然の中止で進退窮まった。辞任記者会見で「モンゴル首相に電話でお詫びした」と述べたことに、モンゴルでの北朝鮮との接触が不可能となり、最後の切り札を失ったことへの悔しさが垣間見えた。岸田首相の早期訪朝を勧めていただけに残念なことではあるが、日朝修好の必然性は変わらず、むしろ一段と強まっている。
石破新首相は一貫して「対話なくして物事は進まない」と日朝関係改善に強い関心を示してきた。就任早々、「東京とピョンヤンに連絡事務所を設置する」と述べ、北朝鮮側にそれを打診したとの共同通信報道も流れた。本文中でも指摘したように、レアメタルなど地下資源豊富な北朝鮮との経済交流再開への要望が日本経済界に高まっていることも背景にあろう。
私の観たところ、金正恩朝鮮労働党総書記と3回会談し、「親しい関係だ」と繰り返し述べているトランプ次期大統領が第4次朝米首脳会談に臨むことは時間の問題である。それは国交正常化となり、懸案の核問題は軍縮交渉で解決することになろう。日米外交の構造上、日本がその後を追うことになろうが、石破首相には先手を打つくらいの自主的、主体的な外交を期待したい。
バイデン、岸田、ユンソギョル、岸田が進めた米日韓安保協力体制は根本的な修正が避けられない。バイデン、岸田が去り、ユン・ソギョル韓国大統領も非常戒厳令を発布して野党を封殺しようとした12月4日の“一人クーデター”失敗で辞任か弾劾罷免かの窮地に陥っている。石破首相は就任以降、初めての予算委(12月5日)で北朝鮮の核・ミサイル開発についての立憲民主党の野田佳彦代表への答弁で「安全保障の状況が根底から変わるかもしれないという危惧を抱いている。北朝鮮が核やICBM(大陸間弾道ミサイル)を会得したならば、根本的に条件が変わってくる」と述べ、日本有事への備えを進める必要性を強調したが、米国に依存した軍事的な抑止力、対応力なるものは非現実的、つまり、時代遅れと知るべきである。対話なくして物事は進まない。
(本稿は経営者同友会誌「新政界往来」9月号への寄稿文(5月3日脱稿)に加筆した)
(河信基 2024年12月5日)
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